佐久間 教育・社会・ほのぼの・プンプン


by kouyouhs
昨日は勤務校の千葉敬愛短期大学のオープンキャンパスでした。
年度の変わり目の3月、高校の終業式が終わってすぐの土曜日です。
多くの大学、短大、専門学校でオープンキャンパスが開催されました。
大勢の高校生、また保護者の皆様にお越しいただき、心から感謝申し上げます。
当初の予想を超えての参加は、嬉しい誤算でした。
倍近い椅子を足して対応させていただきました。
高校訪問やガイダンスに快く対応していただいたこと、
また、その時の高校生がたくさん来てくださったことに
重ねて御礼申し上げます。
心の底から感謝申し上げます。嬉しかったです。

本学では、昨年からこの時期のオープンキャンパスを実施しています。
昨年も同時期に行われており、
私も様子を拝見させていただきました。
規模が大きい高校の説明会は、体育館に満杯になる程で、
その光景に慣れていたため、そうか、少人数の短大だったと
高校の約一学年分の規模であることを再認識しました。
広報が少なかったのか、初めての試みのためか
少数の生徒と保護者で、少しさみしい感じでした。

昨年度は外から見ておりました。
学生がとても明るくテキパキしていることと、
笑顔がとてもいいなあという印象でした。

その当時は管理職でしたので、
ここの先生はよく気がついて動いているなあという印象がありました。
もちろん、人柄は良さそうね。という人もいたように思います。

職員として中に入った今、
そのオープンキャンパスを動かすひとりとして見ても、
やはりその時の優れた先生方と職員だと自負しています。
少ないスタッフが明石学長、遠藤局長のもと、
それぞれが得意なところを合わせて、協働しています。
自画自賛になりますが、素晴らしいなあと思います。

教職員が、協働する。
これは「あたりまえ」のことです。
しかし、かたや研究職、こちらは事務職という区分が
大学という文化では、ありがちな構図だと聞きました。

千葉敬愛短期大学は、
教育・保育の人材育成という役割の大学ですから、
教員は研究職でありながら、やはり教育職として
学生のモデルでなければなりません。
それが、自然に行われていることが素敵です。

また、事務職員の数も大学や学園本部と大きく違い
少数でフル回転!という状況です。
知恵と工夫が必要で、何より心を一つにして
補い合って働くことが重要です。

教員と事務員が垣根なく働く姿、
気さくな、とても気さくな学長と
絶えず学内を見て、細かな所も直ぐに改善している局長。
この二つの柱のもとに、大きな目標、
「子どもたちのために、心を尽くせる教育・保育 の人材育成 」
「入学前から卒業後も、一生付き合う大学」として
伝統と歴史を紡いでいくことができると確信しています。

3月のオープンキャンパス、2回目の今年は
多くの大学、短大、専門学校と競合するわけですが、
本学の良さ、教育の本質で負けないようにしたいねと
教職員一丸となって、出前講座や説明会、
高校訪問に出かけていただきました。

学長自らも、足で稼ぐを示され、短大はますます、
口よりも足、「頭も使い、体も使う」
チーム敬天愛人となって
どんどん面白くなっていきます。
・・・と、私は思っています。
ゼネラルサポーターの看板に偽り無しになれるように、
今年も腰痛と体重増加に注意しながら、やり過ぎないように頑張ります。
皆様、ご迷惑な時は、叱ってください。

今日はしっかり休みます。
草取りをしないと近所迷惑になりますから。






# by kouyouhs | 2017-03-26 06:01 | 受験生・保護者の皆様へ
人間はどこまで罪深いものなのか
あたりまえの日常を襲う狂気
忍び寄る危険

優れた能力を持ちながら、狂気の集団と化したオウム真理教の幹部たち
ごく普通の青年達、社会人、主婦、多くの人が、
何に共感したのか、入信し、あり得ない殺戮に手を染めた。

麻原という男の唱えるエセ宗教になぜ惹かれたのか
科学者や医者、いわゆる優秀な若者の犯した罪
日常を奪われ、今なおその被害に苦しむ人々、
人生を奪われた人々、
裁判は決め手を欠き、多くの命を奪ったものが、
再び社会に出、生きているという事実

残された家族の思い、
ささやかな幸せ、あたりまえの生活を
突然絶たれた人の苦しみは終わらない

3月20日、あの年、私は千葉大学のある研究室にいた。
朝の通勤時間帯、義兄はあの電車の一本前の電車に乗っていた。
駅員さんの多くが乗客とともに被害を受けた。
霞ヶ関駅の出口付近に多くの人が倒れ込んだり
担架にのせられ救急車に運ばれる様子や
多くの救急車、パトカーの赤色灯が点滅していた。
テレビは何日もその事件を伝えていた。

高橋静子さんという名前、忘れてはならない日、
忘れてはならないこと
二度と起こさせてはならないこと

疑うこと、確かめること、
目的のために他の権利を奪うことは決して許してはならないこと
ましては命を奪うことなどあってはならない



# by kouyouhs | 2017-03-21 22:41 | 縁はないかも知れない方々へ
高校入試も一区切りついた頃でしょうか?
二次募集の発表も終わったことと思います。
倍率の高い学校を人気校とみることはできますが、
教育力と倍率が必ずしも一致するわけではありません。
倍率の低い学校は、入学年齢の生徒数が少ない地域であったり
交通の不便な地域であったりと
学校の立地に由来するところもあります。

特に千葉県では、いわゆる普通科高校への進学に保護者の志向も強く、
産業教育に対する正しい評価がされていないように思えます。

誰もが4年制大学を目指す時代とは言え、
4年間の大学での学びにふさわしい力を持っているのか、
何よりも将来について多少なりとも目標を持っているのか
(モラトリアムにするならするで、その覚悟があるのか)
また、経済的な余力があるのか、
失礼なものの言い方になりますが、
親としては対費用効果があるかも熟考する必要があります。

国の奨学金制度を給付型にすることは賛成ですが、
学ぶ意欲がさほどないのに、誰もが行く時代だから
行っておこう、または行かせたいというレベルなら
4年間の時間とお金がもったいないです。

私は子どもたちが、保育園やその後の学校教育の中で
おかげさまで、ほどほどの人間に育てていただいたので
お世話になった世間に、いくらかお返しできるような仕事につけました。
資格や免許、職人としての技術など
とにかく、自分一人でも食べて、生きていけるようにということが
私たち親の願いでしたから、
子どもたちは、何とか新たな一歩を踏み出せています。

千葉県の公立高校に奉職した私の最初の勤務校は
農業・畜産・林業・土木・生活科のある職業高校でした。
伝統のある高校で、千葉県に貢献する人材育成を担ってきた高校でしたが
30年以上も前から、普通科志向がみられました。
生徒たちは、それぞれ「育てる」という、豊かな経験を通じ
いのち・生活を考えることができました。
販売実習では、地域の人と交流し、相手の立場に立った対応も学びました。

教員生活の最後の頃、福祉人材の育成の高校におりました。
福祉科の生徒たちは、3年間で学んだ福祉教育の学習や体験をもとに、
難関の国家試験を受け、見事に9割以上の生徒が介護福祉士になって
福祉施設やさらに学ぶために大学に進みました。
施設で何年か実践してきた大人たちに交じっての挑戦です。
合格者の全国平均の倍近い生徒が合格します。
仮に不合格でも、基礎資格は取得して卒業していくので
施設側も、専門的な学びをし、実習を経て卒業して来る生徒は大歓迎です。

どちらの高校の生徒も、技術を習得し、
何よりも人間らしい心を身に着け
それぞれの分野を活かして進学や就職、
時に自営者となり巣立っていきました。

千葉県は海にも里にも恵まれた、
工業・商業も盛んな上に農業・漁業(水産業)も盛んな
バランスの良い県です。
教育分野で、こうした千葉県の特色を十分活かすことが出来ず
農業高校や水産高校が統合や学科改編で減り、
産業教育に対する予算も、厳しい状況です。
(予算については普通高校も同様ですが。)
実習船の維持管理の費用も高額ですが、
削減することのないように部外者ですがお願いします。

教育予算のうち人件費が多く、その分を入れて考えられるので
実質の施設・設備や教育内容の充実に充てる予算がとても少ないのです。

また、教育委員会として立派なビジョンを提案しても
委員会として持っている予算そのものが足りません。
現場の工夫だけでは成果も得にくいのです。
しっかりした内容に見合う予算立てができるように
考えてもらいたいものです。

千葉県知事選がありますが、どなたであろうと、
千葉県の未来のために、人づくり、産業の振興、
そのための多方面からのアプローチが必要です。
経済面での効果ばかり追っていては、
せっかくの豊かな自然と、温かくやさしい人情の郷土を
衰退させることになりかねません。
それぞれの育った町や村、地域の将来像をしっかり描いて
これからの世代が夢を語り、努力の甲斐があるように
しっかりした政治を行っていただきたいものです。

少子高齢化の進む千葉県、
まずこの課題にしっかりと向き合うこと、
漁業・水産業、農業、
林業(山武杉は立派な建築材です)の復興も必要です。
第一次産業の担い手の育成を
魅力ある高校づくり、中学校のキャリア教育の充実、
保護者の意識改革、千葉県として支援する方向、
例えば、
水産高校の場合は、航海士や漁業従事者となる場合は
学費免除、または資格取得にかかる費用負担など
積極的な施策を打つことも必要です。

保育園の増設、保育士の育成と確保、
老人福祉施設の検討、介護職育成と確保
医師・看護師・医療従事者の育成と確保
これらの職業は今後も存続する人の手によって行われる職業です。

地域貢献人材の育成機関でもある職業高校への
入学者特典なども考えてよいはずです。
千葉県の人材育成プランとして
積極的な対応、予算措置をしてみてはいかがですか?


・・・と、昨日お世話になった事務長さんと話していて
いろいろ思い返しています。
千葉県高等学校教育研究部会 福祉教育部会で
仲間の先生方と、これからの千葉県、福祉教育、
少子高齢化時代の人材育成の在り方
高校教育の役割などともに語り、千葉県教育委員会や
健康福祉部の方々のご協力を得ながら頑張っていた時代を思い返しました。

なかなか現場の努力が報われないことが多いのですが、
今、産業教育の現場で
日々子どもたちの為に頑張っている先生方にはこう伝えたいです。
やってることは正しいし、素晴らしい教育です。
いつかきっと、認めさせなければ、いけません。
自立できる、素敵な力を身に着けていく教育です。
知恵も与え、腕も磨き、心も磨く・・・総合的な教育です。
諦めない。あきらめない。すべては子どもたちの為に。

今は、また私も保育士・幼稚園教諭・小学校教諭を養成する
千葉敬愛短期大学で、志のある若者と、
先生方や事務の方々と毎日楽しく、仕事をしています。
そして、私はあきらめません。保育も福祉職です。
医療・看護の分野の人気に若干押され気味ですが、
教育・保育の仕事は、
いのちを守り育てていく、未来に向かう素敵な仕事です。

家庭環境や様々な課題を抱えている子がいたとしたら
出会う「先生」はより重要です。
子どもたちは親の経済や環境の差があっても、せめて教育・保育の中で
チャンスを与え、可能性を引き出せる人材になってほしいと思います。

私も、「志を高く、心は熱く、フットワークは軽く!!」で頑張ります。
みんな、いいね。あきらめたら終わりだよ。
必ず、日は昇るから。


さて、朝ご飯作るよ。わたしは。相方がうるさいからさあ。



# by kouyouhs | 2017-03-19 05:44 | 職場の関係者様
おはようございます。
お菓子屋の戦略、ホワイトデーも終わり、
短大の職員みんなで出し合ってチョコをあげたお返しに
オシャレなクッキーチョコをいただきました。

女の数が多く、お返しする男の数を考えると
私たちは海老・鯛だなあと男性諸氏が気の毒です。
昨夜の帰り道、車の中で無くなってしまい、
お菓子ももっと上品に紅茶でも入れて食べて欲しかっただろうと
今頃反省しています。

こんなホヤホヤした内容の話をしている場合ではありません。
3月は様々なことがありました。
3月10日の東京大空襲のニュースは築地・豊洲問題と森友学園に
押され、あまり報道されなかった印象があります。
母は体験者でした。その時防空壕から顔を出した為に
片目の視力が弱く段差の認知が弱く不自由なこともあったようです。

戦争は誰が何をいっても、絶対にしてはダメ。
日本の為にとか、何とか言っても、戦争は殺し合いだからね。
アメリカは自分の国土によその国が攻めて来たことがないから
ああして、世界中に出て戦争をしてしまうのだとよく言っていました。

アメリカに限らず、大国は国力を示したくて他国の紛争に加担して
多くの人を殺していることを忘れないように、
そして誰に対してもどの国に対しても、
戦争をさせてもいけないのだと言っていました。

東京大空襲も広島も長崎も、被害者であり加害者である
日本の戦争の結果です。
たくさんの罪もない国民の命を奪ったのは、
誰でもない、日本が戦争をしたというこの事実による結果です。

自衛隊がやっと戻って来ます。
ご家族の気持ちは、5月まで待てません。という思いでしょう。
国会で色々質問したり、言い訳したりそんな場合ではありません。
危ないから還す。それでいいです。
命をかけて、また他国の人の命を奪うかも知れない情況に
「二度と過ちを繰り返さない」「どこの国とも戦わない」と誓った
日本の国民を、おくことは許せないことです。

次に外国に派遣する時は、決めた人たちが
銃を持って前線に出かけなさい。
安全なところにいて、下々を戦わせることはやめてほしいものです。

原発を安全だという人達は、
廃炉作業の前線に立ってご覧なさい。
福島、宮城に累々と積み上げられた残土や瓦礫の袋を
国会議事堂の庭に置けますか?
議員の皆様のご家族を、
安全な原発の再稼働地域に移住させますか?
安心・安全だとおっしゃる方は、
まずご自身が範をお示しくださいませ。
というのが、被災地が故郷である私の正直な気持ちです。

原発産業に頼ってしまった地方と、
リスクを背負わずサービスを受けていた安全地帯の人々。
差別することなどあり得ないでしょう。
大人が思うから、子どもが心ない言葉を平気で言えるのです。

私たち、しっかりしないと、
どんどんわけのわからない国になってしまいます。
日本という国が、節操もない、国としての品格もない
大国に迎合する国であってはなりません。
鶏口となるとも牛後となるなかれ です。
そしてその口も、誰からもどこの国からも
ああ、日本は違うなあ、本筋を通しているなあ
というぐらいのしっかりした理念を語る口であってほしいです。

民主主義と世界平和を希求する誠実な国、
どこの国のどの人も殺さない国であってほしい。
それこそ、誇れる国の姿ではないですか?

2011.3.11、
松戸秋山高校は統合前最後の卒業式の準備をしていました。
このブログの、その年の3月の記事を読み返すと
ホームページがまだ改訂されなかったため、
校長ブログと一斉メールで生徒と保護者に
様々なお知らせを伝えていたことがわかります。
参考までにご覧ください。








# by kouyouhs | 2017-03-16 06:10 | 縁はないかも知れない方々へ
今、NHKのニュースで、80歳の映画監督のことを取り上げている。
弱者に寄り添う老監督、新作に込めた「怒り」というテーマだ。

彼は映画を通じて
「すべての人には尊厳をもって扱われる権利がある。」ということを
(正しく聞き取っているかは不確かだが、同趣旨のことを)
一番に訴えたかったのだと語っていた。

その直後のニュースではG20の共同声明の草案に
これまでの「あらゆる形態の保護主義に対抗する」という文言が
入っていないとのことだ。
アメリカの意向を考慮した内容になっているらしい。
異論が出ないというところ、
どこの国も顔色を窺い、より良く、
より正しいと思われる主張をしないのかとがっかりだ。
皆「右(左)ならえ」になることが危険なのだ。
バランスの悪い社会になっている。日本も世界も。

国際社会が、大国の意向で方向づけられるのことはいつものことだが、
こうした状態では、どこの国の国民も
その命と財産を(というよりも暮らしを)
守られることがない世界になっていくなあと危惧を抱いている。

映画の話に戻るが、ケン・ローチ監督は
取材した実話に基づいて映画を創ったと言う。
一場面だろうか、店に陳列された缶詰を
いきなり開けて食べてしまう女性が映し出され、
それを支える人が映った。
おなかが空き過ぎて、思わず食べてしまったのだ。
惨めだと涙を流しながら空腹を抑えきれなかった自分を恥じる女性と
いいんだ、いいんだよと慰める女性と男性の姿。

貧困は、世界のどこの国でも深刻な問題となっている。
こんなに便利で豊かな社会になっていながら、
経済は富めるものと、貧しいものを作り出し、
ますます極端な構図にしてしまった。

弱者に寄り添う視点、態度を
同じように弱者である私たちが持てることが大事だ。

私の父は、破天荒な一生を送り、
友人を見舞いに行き、その病院で倒れそのままあの世に行った。
あっけない最期で57歳の人生を終えた。
酔っぱらって母に謝る姿と素面の夜に聞いた「ムラサキ狸の話」
(父の創作話で、なぜかいつもお酒を買いに行くストーリーになる)の
思い出ぐらいしかないが、
それでも時に子どもながらも「いいこと言うなあ」と思ったことがある。
「自分よりより弱いもの、助けが必要な人を助けられる人になれ」
私は、自分自身も弱く、助けていただきながら生きているが、
心の中に、いつもこの言葉と、両親の姿がある。

様々な人を連れてきて、ご飯を食べさせたり、
貧しい家だったのに、毛布や何やかやと分け与えていたことを
思い出す。
悪いけれど、私はそんなにはできないなあと思いながら
気持ちだけは寄り添っていこうと思っている。

弱者が、より弱いものをいじめる世の中にはしたくない。
「福島」に対するいじめや、難民に対する動き、
他民族への非難・中傷、少数派への差別
日本でも様々な問題がある。
生活保護受給者への無理解、
また、より問題を複雑にしている貧困ビジネス。

危ない、とっても危ない世の中になりつつあると心配している。


# by kouyouhs | 2017-03-14 22:15 | 縁はないかも知れない方々へ